突撃!グルメ探検隊

上林春松氏が語る7年ぶりにリニューアルした「綾鷹」の秘密

「綾鷹」を監修する15代上林春松氏

 日本コカ・コーラは、緑茶ブランドの「綾鷹」を7年ぶりに全面リニューアルし、4月15日から販売している。同社によれば、5月半ばまでの1か月で当初の販売目標の1.5倍と好調な売れ行きを見せているという。

 そんな綾鷹の味わいを監修するのが創業450年の歴史を誇る京都・宇治の老舗茶舗「上林春松本店」。代表を務める15代上林春松氏に、今回のリニューアルの背景を伺った。

 綾鷹は、“急須で淹れたような本格的な緑茶”をペットボトル入りの飲料として実現することを目指し、2007年に誕生。それまでのペットボトル入りのお茶では、詰まりが発生するなど、製造ラインのトラブルの原因となり得ることからタブー視されていた“にごり”にこそ、お茶本来の旨みが閉じ込められていると考え、さまざまな苦難を乗り越えて商品化された。にごりについては、抹茶を正確に管理するとともに、風味を落とさずに粉砕する技術を確立することで実現しているという。

 しかし、3年ほど前に日本コカ・コーラ、上林氏の双方で、人々の味覚嗜好が変化してきており、現在のニーズに対応していく必要があると認識したという。上林氏は「我々は伝統と革新を大事にしながら、嗜好の変化に対応していくことを450年繰り返してきた。ついに綾鷹も革新しべき時が来た」と、リニューアルに踏み切ることを決意した際の気持ちを振り返る。

 3月に開催された発表会でも紹介されていたが、今回のリニューアルでは「綾鷹らしい本格的な味わいを保ちながら、いかに軽やかな味を感じていただけるか。一煎目(一杯目)には甘みや旨みが凝縮されている」(上林氏)として、一煎目と二煎目の味わいの違いを説明する。

一煎目と二煎目の違い

 上林氏は、一煎目は二煎目と比べ、旨みの元となるアミノ酸の含有量が多く、苦みの元となるカテキンの含有量が少なくなるというデータを示しながら、一煎目と二煎目のお茶の味わいの違いを試飲させてくれた。笑顔で「お茶はすべて一煎目がおいしくなるように作っている。二煎目がおいしくなるかどうかは淹れる人の技術」と語る同氏だが、実際に試飲してみると、確かに旨みと苦みに大きな違いがあることが感じられた。

一煎目と二煎目の違いを試飲で確認

 もちろん、渋くなければお茶じゃないと考える人もおり、好みは人によって異なるが、「比較的若い方をターゲットにしようとすると、一煎目がおいしいという人が圧倒的に多かった」(上林氏)ことから、今回のリニューアルでは、一煎目の本格的なお茶の味わいにフォーカスしながら、時代にあわせて軽やかな後味を実現することを目指したという。

 ただ、本格感や旨みについては経験豊富な上林氏だが、“軽やかさ”については今まで触れてこなかったテーマで、「やってみて軽やかと感じてもらえるかどうか。一歩間違うと薄いとなってしまう」と、その難しさを表現する。

 同氏は「実績があるものを変更すると、マイナスになることもあり得る」という恐怖感がありながらも、リニューアルするのであれば現行商品を超える味わいにする必要があったと、GOサインを出せる状態になるまでに3年の歳月を要した理由を語った。

現行商品を超える満足できる味わいになるまで3年を要したという

 また、今回のリニューアルでは一般的な525mlに加え、新たに650mlのペットボトルがラインアップされている。背景には、コロナ禍を経て家の内外での飲用頻度が増え、イエナカでは641ml、外出先では810mlの緑茶が平均的に飲用されるというデータや、価格が同じであれば容量が大きいものを選ぶという消費者心理への対応もあるが、それ以上に軽やかな後味で飲み続けられる味わいにアップデートされたことも考慮された結果だという。

 さまざまな苦労を乗り越え、販売数量が目標の1.5倍と好調に推移していることを聞いた上林氏は「ホッとした。考え方の面でも技術の面でも3年前にはできなかったことも実現できるようになっており、時間をかけてやってきてよかった」と胸をなでおろしながらも、「嗜好の変化についていくのは、ここがスタート」と、今後も綾鷹ブランドで伝統と革新の両立を目指していくことを誓っていた。

上林春松本店の本社工場の前には綾鷹のラッピングが施された自動販売機が設置されている

 今回の取材では、上林氏が顧客ニーズにあわせて茶葉をブレンドする「合組(ごうぐみ)」をどのように行なっているのかも紹介された。同氏によれば、合組の作業は「拝見場(はいけんば)」と呼ばれる黒い壁面に安定した光量が注ぎ込む部屋で行ない、微妙な茶葉の色や形の違いを見極める。

 茶葉の見極めにおいては、手に握って触り心地をチェックしたり、軽く息を吹きかけて香りを確認したりしているが、これには熟練が必要とのこと。記者も5種類の茶葉を自由に組み合わせて合組する体験をさせてもらったが、茶葉の色や大きさなど、見た目の違いこそ分かるが、この段階ではどんな風味のお茶になるのかは全く想像がつかない。

 その後、お湯を注いでお茶を淹れ、実際に口に含んで風味を確認するが、上林氏は「味覚は五感の中では一番曖昧で、天気や体調の影響を受けやすい」として、茶師としては、あくまで前段階での評価の再確認を行なっているに過ぎないと説明する。記者に至っては、口に含んでようやく違いがなんとなく感じられるが、その違いを言語化するのは至難の業。上林氏は、そんな記者に「一番最初の印象が大事。重要なのはテクスチャーで、しばらく口の中に滞在させるといい」とアドバイスしてくれた。

 合組の最終段階となる、ブレンド比率の調整だが、自分用に作るのであれば、5種類の中で一番好きな茶葉と一番苦手な茶葉を意識し、一番好きな茶葉をメインに据え、その他の茶葉1~2種類を組み合わせるのがオススメとのことで、悩みながらもどうにかオリジナルのブレンドが完成。

 最後にはそのお茶を自身の手で淹れて味わいをチェック。ちゃんとおいしく飲めるお茶になっていて一安心といったところだが、旨みや渋みのバランスを意識するあまりに全体的に風味が強くなり、新しくなった綾鷹のような飲みやすさとは程遠く、上林氏が言う軽やかさを表現することの難しさがなんとなく分かったような気がした。

 また、上林春松本店の敷地内にある抹茶を挽く「臼場(うすば)」を見学。現在は機械化され、124の石臼がモーターによって回転しているが、そこには450年の経験知が反映されており、最適とされる1分間に56~58回転という速度をキープ。モーターの力は借りているものの、石臼の溝の形は昔と同じで、外周部まで溝を掘らず、挽いた抹茶が外に押し出される構造にすることで、風味が引き立つ形状に整えられるという。摩擦で発生する熱によって抹茶の色が白くならないように、石臼の直径も最適化しているとのことだ。

臼場
手挽き用の石臼の溝

 宇治市内の別の場所にある「宇治・上林記念館」も見学することができた。同施設には創業以来の貴重な品々が集められており、上林春松家が宇治に移り住んで将軍家に仕え、その後、明治維新で顧客を失い、商人として広く一般向けにお茶を販売していくようになる時代の流れが刻まれていた。こちらは一般見学も可能な施設となっているので、日本茶の歴史に興味がある方にオススメだ。

宇治・上林記念館
豊臣秀吉からの書状。よく読むと、手を抜くなと叱責されている

 ちなみに、日本コカ・コーラの関係者が上林春松本店を訪れる際に必ず立ち寄るという京懐石のお店「平等院表参道 竹林」にも訪問し、綾鷹を使った特別な料理を味わう機会もあった。

 今回の料理は一般には提供していない特別なアレンジとのことだが、店主によると、お茶の旨味成分のアミノ酸が他の出汁と融合することで、旨みが強化されるのだとか。いずれの料理もお茶特有の渋みを感じることはなく、上品に素材の味わいを引き立てている。

 こうした料理に綾鷹を使う場合、スタンダードな綾鷹よりも、水出し玉露を用いることで甘みが強化されている「綾鷹 茶葉のあまみ」が使いやすいのだとか。目からウロコの綾鷹の使い方だが、考え方次第でお茶漬け以外にも幅広く応用可能なお茶の魅力を再認識させられた。