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モルトとグレーンの両方のウイスキーを生産するキリン富士御殿場蒸溜所の魅力

キリンディスティラリー 富士御殿場蒸溜所

 キリンビールは、今年で創業50周年となる富士御殿場蒸溜所のメディアツアーを7月末に実施した。

 富士御殿場蒸溜所は、富士の豊かな伏流水や、しばしば霧がかかる気候がウイスキー造りに最適だと考えられ、「日本の風土・食文化に合う、ウイスキーを造る」ことを目標に掲げて富士山の麓の御殿場市に建てられた。

 日本、米国、英国の3社によるジョイントベンチャーとして起業したというルーツは、同蒸溜所の設備にも色濃く反映されており、大麦麦芽のみを使用する「モルトウイスキー」と、トウモロコシやライ麦など、大麦以外の穀類も使用する「グレーンウイスキー」の両方を製造できる世界的にも珍しい蒸溜所となっている。

 同蒸溜所では、一般向けの見学ツアーも実施しているが、今回のメディアツアーは一般には公開されていないエリアへの立ち入りが許可され、洋酒生産部 部長代理の長藤健太氏と企画総務部の吉井浩一氏の立ち会いの下で取材が進められた。

 まずは一般向けの見学ツアーの行程にも入っているウイスキーシアターを体験。こちらは前述のような同蒸溜所の特徴をプロジェクションマッピングで学べるようになっている。

ウイスキーシアター
同蒸溜所の特徴をプロジェクションマッピングで学べる

 続いて蒸溜所の見学コースへ。一般の見学でも通路で原料に関する説明を受けた後、仕込や発酵といったタンクが並ぶ様子や大小さまざまな蒸留器を眺めることができるが、今回は蒸留棟の内部に立ち入ることができた。

見学コースでモルトとグレーンの製造設備の違いを説明する長藤健太氏
一般向けの見学ツアーでも窓越しにポットスチルを眺められる

 モルトウイスキーを蒸留するポットスチルは、蒸溜所の顔と呼べるもので、大小さまざまな蒸留釜が配置され、ラインアームと呼ばれる煙突が伸びており、原酒の個性を豊かなものとする。銅製のポットスチルは、真新しく輝くものもあれば、使い古された10円玉のような赤褐色のものもあり、引退したものの一つは見学中に触れられる形で展示されている。

間近で見るポットスチルの大きさに圧倒される
大小さまざまなタイプのポットスチルで作り分けている
引退したポットスチルの色合い

 一方のグレーンウイスキーを蒸留する設備については、これこそが同蒸溜所を特徴づけるものとなっているが、一般の見学ルートからはなかなかその全貌が見えにくい。今回は、こうしたエリアにも立ち入ることができた。

 蒸留所内には、5階建ての建物の上から下までを貫通するように設置された「マルチカラム蒸留器」、やかんでお湯を沸かすようにシンプルな蒸留を行なう「ケトル蒸留器」、シーグラム社が開発し、バーボン製造のスタンダードになっている「ダブラー蒸留器」があり、それぞれでグレーンウイスキーを作り分けている。

マルチカラム蒸留器の上部
ケトル蒸留器
ダブラー蒸留器

 国内において、これだけのバリエーションの蒸留器を備えているのはここだけで、こうして作られた表情豊かな原酒こそが同蒸溜所の魅力と言えるだろう。

発酵タンク
木製のものも使用し、原酒にバリエーションを出している

 一般の見学ツアーでは、その後、樽詰めの工程を窓越しで見学するが、今回は原酒が注がれた樽に木栓を打ち込む様子や樽の修理を行なっている様子を間近で確認できた。

樽詰め工程
熟練のスタッフが木栓を打ち込む
樽を修理している様子
樽の内側がチャーリングされていることが分かる

 樽詰めされた原酒は、熟成庫でしばし眠りにつくことになるが、今回は熟成庫内の様子も見ることができた。規則正しく組み上げられたラックに樽が並ぶ景色は壮大で、圧倒される。

 創業当時から使用している熟成庫と2年前に新たに作られた熟成庫を見学できたが、自動化されていない古い熟成庫では、ラックの奥まで樽を転がした際に栓が上に来るように、転がし始めの位置を調整する職人技も必要とのことで、さまざまな工程の一つ一つに奥の深さが感じられた。

歴史を感じさせる古いラック式の熟成庫
こちらは最新のラック式熟成庫
ダンネージ式の熟成庫

 見学が終わると、お楽しみのテイスティング。一般の見学ツアーでは「陸」とシングルグレーンの「富士」のテイスティングが行なわれるが、今回はそれらに加え、特別にシングルモルトの「富士」、シングルブレンデッドの「富士」、「富士」の50th Anniversary Editionの5つのテイスティングが実施された。

「陸」は、ほのかな甘い香りと澄んだ口当たりが特徴で、長藤氏によれば、ハイボールにして飲むのがオススメとのこと。同蒸溜所で作られたモルトとグレーンに加え、海外から輸入した原酒をブレンドした飲み飽きない設計で、さまざまな食事やシーンで楽しめる。

 シングルグレーンの「富士」については、優しくほんのりとした甘さで、ほのかな香木の香りが楽しめ、ウッディでスパイシーな余韻が心地よく続くのが特徴。その複層的な味わいは、さまざまなグレーン原酒を持つ同蒸溜所ならではウイスキーと言えるだろう。

 これに対し、シングルモルトの「富士」は、とろりとした口当たりで、甘く複雑で熟成感あふれる香味が長く続くのが特徴となる。シングルグレーンと比べると、果実の風味がより一層強く感じられる。

 シングルブレンデッドの「富士」は、シルキーさの中に甘くフルーティで豊かな香りが織り重なり、それが心地よく続くのが特徴。シングルブレンデッドを謳える蒸溜所自体が珍しく、同蒸溜所の真骨頂とも言える。

 「富士」の50th Anniversary Editionは、創業当時の1973年のモルト原酒をはじめ、1970~2010年代のモルト原酒をブレンドし、ボトルに詰め込んだ3000本限定の特別な商品。発売日には同蒸溜所に300人ほどの行列ができ、数週間で蒸溜所販売分を売りきったという。長期熟成ならではの深みのある甘く複雑な香りとともに、繊細なモルトの味わいを、同蒸溜所の歴史とともに楽しめる。

 最後にキリンディスティラリー 富士御殿場蒸溜所 代表取締役社長兼工場長の押田明成氏が挨拶。

キリンディスティラリー 富士御殿場蒸溜所 代表取締役社長兼工場長の押田明成氏

 同氏は、「1994年にキリンシーグラムに入社し、すぐにウイスキーが全く売れない時期になった。ウイスキーが作りたくて大学で勉強してここに入ったのに、ウイスキーは一切作らず、キリンホールディングスに転籍して清涼飲料やチューハイを作る仕事をしてきて、もうこれでウイスキーをやることはないんだと思っていたら、3年前にこの立場で戻ってきた」と、自身の半生を振り返る。

 その上で、「昔は売れなかったウイスキーがブームになり、ジャパニーズウイスキーが世界で売れるなんて考えられなかった。規模も小さく、シェアで言えば1%程度しかないが、実はモルトもグレーンもいいものを持っている。富士山の近くにあって、仕込みから瓶詰めまで全部を伏流水でやっている。最近は海外からのお客さまも増えて、やはり富士山の近くで印象に残る」と語り、蒸溜所の見学ツアーがウイスキーの隠し味になることを熱意を込めて説明した。

 同蒸溜所へはJR御殿場駅の箱根乙女口から無料のシャトルバスが運行されており、テイスティングを楽しみたいなら、こちらを有効に活用したい。箱根乙女口のロータリーの中央には、同蒸溜所で使用されていたポットスチルも展示されている。一般向けの見学ツアーの所要時間は約80分で、参加費は500円となっている。

無料のシャトルバス
ロータリーの中央にはポットスチルが展示されている