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ビールの苦味や香りの決め手になるホップ、キリンが遠野市での取り組みを紹介

2023年8月25日 取材

(左から)キリンホールディングス R&D本部 飲料未来研究所の杉村哲氏、BrewGood 代表取締役の田村淳一氏、キリンビール 企画部の平田廣介氏

 キリンビールは、岩手県遠野市でビールの苦味や香りの決め手となるホップの契約栽培に取り組んでいるが、8月25日に収穫の様子などが報道関係者向けに公開された。

 ホップの研究に携わるキリンホールディングス R&D本部 飲料未来研究所の杉村哲氏によれば、ビールにおけるホップ使用の歴史として、大航海時代に防腐剤としてホップが用いられ、これがIPA(インディアンペールエール)の起源になった。

 その後、1516年にはバイエルン公国(ドイツ)でビール純粋令が制定され、「ビールは、麦芽、ホップ、水、酵母のみを原料とする」ことが定義づけされ、ビールの原料として定着していくことになる。

 杉村氏は、ビール醸造においては「苦味」「香気」「泡形成」「抗菌性」の4つがホップの役割として挙げられるが、近年は香り付けのためにどんなホップを使用するかが重要視されるようになってきているとする。

ビールにおけるホップの役割

 現在では約30か国で300品種以上のホップが生産されており、メジャーなところではカスケード、ザーツ、ヘルスブルッカーといった品種が用いられ、クラフトビールではギャラクシー、ネルソン・ソーヴィン、シトラといった品種が重宝されている。

 とりわけ、クラフトビールの世界ではホップの使いこなしにより、フルーティーな味わいを実現するなど、ビールの個性を決める重要な役割を担っており、米国においてはクラフトビールの市場の成長に伴い、ホップの使用量や使われるホップの品種数が増えてきているという。

 キリンでは、グレープフルーツのような爽やかな香りのする柑橘系のホップ「IBUKI」や、ミカンやイチジクのような和柑橘の香りを有する「MURAKAMI SEVEN」といったホップの契約栽培を行なっており、この秋に登場する新商品でもそれらのホップが用いられている。

IBUKI(右)とMURAKAMI SEVEN(左)

 キリンビール 企画部の平田廣介氏は、日本産ホップの契約栽培から撤退するビーメーカーがある中で、こうした取り組みを継続する理由について、2021年にSPRING VALLEYブランドを立ち上げ、クラフトビールの市場拡大を目指す同社にとって、他社と差別化できる日本産ホップを安定して調達していくためには産地を支える取り組みが欠かせないと語る。

 同社のホップ契約栽培においては、栽培面積や収穫量は過去10年で半減。これを放置すると、生産者の高齢化などにより、さらに収穫量が減ってしまうことが予測されたことから、いかに減少を食い止めるかが課題になっている。

 遠野市での契約栽培は60年前にスタートしているが、同市でビール関連事業のプロデュースを手掛けるBrewGood 代表取締役の田村淳一氏によれば、2004年に遠野という地名が入った「キリン一番搾り とれたてホップ生ビール」が発売されたことがターニングポイントとなり、こうした課題に向き合う動きが出てきたという。

 2007年には、遠野市のTとキリンのKを用いた「TKプロジェクト」が発足。それまでの「ホップの里」という位置づけでは、キリンがホップを買い取って終わりになってしまうが、ホップを核にしながら遠野ジンギスカンをはじめとする地域食材やカッパ伝説などの民話をビールでつなぐ「ビールの里」構想を民間主導で進めていくことで、関係人口を増やし、新規就農者を増やすという目標が掲げられた。

 2017年には遠野醸造が設立され、ブルワリーが立ち上がり、ビアツーリズムとして観光客を受け入れる取り組みや遠野ホップ収穫祭が開催され、地域が自立自走するのをキリンがサポートする形で一歩ずつ前進してきた。

 こうした取り組みの中で新規就農者を増やすだけでは解決できない構造的な課題があることも見えてきた。収益性の面で大きな課題となっていたのは、乾燥施設の設備の老朽化で、故障により処理能力が落ち、修繕費用がかさみ、農家一軒あたりのコスト負担が増え、これが離脱の要因になっていたという。

 そこで、ホップを使用した新商品を開発し、それを返礼品にしたふるさと納税を推進したり、ビアツーリズムなどで得られた収益の一部を活用したりすることで、乾燥施設の大規模改修の予算を確保。段階的に設備をアップデートして効率を高め、施設利用料を下げていく道筋が見えてきた。

 報道公開では、実際にホップを収穫する様子も見学できた。5~6mほどの棚いっぱいにつるが伸びたホップを高所作業対応のトラクターを使いながら3~4名が手作業で収穫していく。杉村氏によれば、欧米の大規模生産では機械化が進められているが、日本では農地の広さの問題もあり、手作業が中心になっているとのこと。

収穫の様子

 収穫されたホップは、乾燥施設に運ばれ、ホップの毬花の部分だけを取り込み、選別する作業が行なわれる。生のホップは水分を多く含み、変敗しやすいため、乾燥させることで保存性を高める処理が施され、これをペレット状に加工して使いやすくした上でビール工場に納品される流れとなる。

 ただし、前述の「とれたてホップ生ビール」については、乾燥させていない生のホップを冷凍車で運び、凍結粉砕を行なったものがビール工場に納品される。杉村氏によると、乾燥させることでホップの香り成分の一部が失われてしまうが、生の状態をキープすることでホップ本来の風味が引き出せるという。

 今年の「とれたてホップ生ビール」は11月7日に発売される予定だが、取材当日は同商品に用いられる生ホップがトラックに積み込まれる様子も確認できた。

摘花工程
「とれたてホップ生ビール」用は乾燥させずに出荷
冷凍車に積み込み、収穫から24時間以内に凍結粉砕工程に回される
MURAKAMI SEVENの生みの親、村上敦司氏も駆けつけた

 同社では、「とれたてホップ生ビール」以外に、自社開発の品種「MURAKAMI SEVEN」を使用した初の缶商品として「SPRING VALLEY JAPAN ALE<香>」を10月24日に発売する予定だ。それらのビールを飲んだとき、鼻に抜ける香りがこだわりのホップによって生まれていること知れば、おいしさが一段と増すはずだ。