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梅酒=青梅の常識を変えた「まっこい梅酒」、メルシャンが藤沢工場で秘密を紹介

2023年6月21日 取材

神奈川県藤沢市にあるメルシャン藤沢工場。藤沢工場は100年以上の歴史を持ち、藤沢ワイン祭などを通してワイン生産量日本一の街・藤沢の地域活性化に貢献している

 6月は梅酒や梅干しを漬ける「梅仕事」の季節。一般的に、梅酒には青梅、梅干しには追熟した完熟梅が使われることが多いが、最近は完熟梅を使った深い味わいの梅酒も人気が高まっているという。

 梅が熟し、自らの重さで落下した「完熟落下梅」を使った梅酒をいち早く世に出したのが、キリン傘下で国内最大手のワインメーカー、メルシャンだ。

 同社は6月21日、報道関係者を対象にした「まっこい梅酒」の体験会を開催した。フレッシュでフルーティな香りを実現する「凍結完熟浸漬製法」や「豊潤たね熟製法」、梅の産地、和歌山県のみなべ町との協働の取り組み、製造から包装まで各工程における環境への配慮などについて説明した。

和歌山県産完熟梅の甘くフルーティな香りとコクのある豊かな味わいが楽しめる「まっこい梅酒」。商品名の「まっこい」は、味や香りが「真に濃い」という意味と、英語の「McCoy:本物の」という意味をかけあわせた造語だ。2L、1L、500mlがあり、アルコール分は10%

梅産地、和歌山県みなべ町との取り組み

 まっこい梅酒は2011年に発売。13年目を迎えた今年1月に、中味、パッケージともリニューアルした。2021年には和歌山県産品PRマークを取得している。

 メルシャン マーケティング部 国産グループの齊藤恵氏によると、新型コロナウイルスの拡大によって業務用の梅酒利用が縮小していたが、ここ数年は回復し販売容量も上昇傾向にある。まっこい梅酒も2022年の出荷実績ベースで前年比110%と好調だ。

 まっこい梅酒で使われている梅は和歌山県日高郡みなべ町のもの。和歌山県は全国の梅収穫量の約7割を占めているが、その和歌山県で4割の生産量を占めているのが、日本一の梅の里、みなべ町だ。みなべ町は和歌山県のほぼ中央に位置し、面積の約70%が中山間地域。梅関連産業が町の税収の多くを占めており、紀州みなべの南高梅のブランド維持拡大が重要課題だ。

国内梅酒市場は回復基調で、まっこい梅酒も前年比110%と好調
全国の梅収穫量の約7割が和歌山県。そのうちの約4割がみなべ町産

 和歌山県で出荷される梅の約7割は完熟梅。まっこい梅酒が登場する以前、完熟梅は柔らかく輸送が難しいため全国には流通されず、県内のみで主に梅干しなどに加工されていた。そのため、産地では完熟梅の加工方法を模索していたという。また、2000年代初頭には安価な中国産の梅干しに押され、梅の卸売価格が下落していたという背景もある。

 さらに、みなべ町の海岸部と山間部を比較すると、山間部は収穫時期が遅い。梅の市場価格が下がってくる頃が収穫期となり、山間部は不利な状況にあった。山間部としては完熟南高梅の用途を拡大し、価値を向上させることが課題となっていた。

 一方、メルシャンは他社と差別化できる梅酒商品を模索していた。そんな中、商品の開発担当者がみなべ町を訪問。そのとき産地に広がる完熟した梅の、まるで桃のような素晴らしい香りに衝撃を受け、この香りを消費者にも届けたいという思いから、和歌山県のうめ研究所と共同研究を開始したという。

和歌山県の梅は約7割が完熟梅。輸送が難しかったため、梅干し以外にも完熟梅の活用方法を模索していた。中国産の安い梅干しに押される厳しい状況もあった
山間部の南高梅は収穫期が遅く、市場価格が下がる時期に収穫期を迎える。みなべ町山間部は完熟梅の用途拡大、価値向上が急務だった
2006年に和歌山面のうめ研究所と共同研究を開始し、梅酒に最適な収穫エリア、収穫期を調査

 メルシャンは完熟した南高梅の桃のようなフルーティな香りを重視し、和歌山県全域で調査を実施。6年を経て、みなべ町にたどり着く。みなべ町を3エリアに分けて調査したところ、山間部エリアの完熟落下梅の香りが強いことが分かり、その梅を商品に採用することにした。うめ研究所、JA紀州、梅農家との共同開発で生まれたのがまっこい梅酒だ。

 和歌山県のみなべ町で完熟落下梅を収穫し、凍結保管した梅を和歌山県内にある企業、プラム食品で原酒に加工。その原酒を藤沢工場に移送し、味わい造りや包装を行なっている。

 青梅の梅酒が主流だった中で、まっこい梅酒は完熟梅のフルーティな香りやコクのある濃い味わいが評価され、発売から販売容量は順調に推移。現在も青梅の梅酒が中心の市場だが、独自のポジションを確立している。

まっこい梅酒の製造工程
青梅の梅酒が中心の市場だが、まっこい梅酒は独自のポジションを確立している

 まっこい梅酒の発売以降、物流方法が改善されたことによって全国で完熟梅が販売されるようになった。完熟梅を使った加工品も増え、その味わいが評価されるようになったことで用途も拡大。完熟落下梅の価値が向上したことによって梅全体の価格も上昇しているという。「まっこい梅酒が完熟落下梅の価値向上に貢献できたのではないか」とメルシャン 生産・SCM本部 技術部の安部杏香氏は胸を張った。

メルシャン 生産・SCM本部 技術部の安部杏香氏

 完熟南高梅の用途を拡大したい、価値を向上させたい生産地、差別化商品を生み出したいメルシャン、両者の狙いがうまく合致した形だが、それが生産地の安定的・持続的な農業経営に貢献している。

 メルシャンは今でも毎年産地を訪問し、梅農家と品質確認や意見交換会を行なっている。「農家さんにもメルシャンとの取り組みに共感いただき、新世代の農家さんとも取り組みが広がっている」(安部氏)。

 梅生産者からはビデオでコメントが紹介された。「安定した農業経営ができず、完熟梅の新しい価値を模索していた」「メルシャンと意見を集約しながら、収穫時に負荷のかからないような方法を編み出してきた」「まっこい梅酒の味わいは、フルーティな香りと味わいのある完熟梅だからこそできる」といったコメントに、互いに共感し合い、共同開発の取り組みが広がっていっていることが見受けられた。

味の秘密

 まっこい梅酒では、梅の果実としてのおいしさを最大限活かすため、シャトー・メルシャンのワイン「きいろ香」で培った香りを研究する技術を応用しているという。また、ワインづくりの思想「はじめにブドウありき」という考え方を梅酒でも重視し、梅のフルーツとしてのおいしさを商品に“載せる”という考えで商品開発を行なっている。

左手前のオレンジ色に熟しているものが完熟落下梅。奥が青梅、右が樹上完熟梅。青梅は生食に向かないが、完熟落下梅は食べることもでき、あっさりしたすもものような甘酸っぱい味がする。青梅は爽やかですっきりとした香りだが、完熟落下梅は濃厚で甘い、南国フルーツに似たうっとりするような香りがする。樹上完熟梅はその中間といったところだ

 商品開発では梅の旬の時期を見極める原料開発と、果実のおいしさを引き出す原酒開発に取り組んでいる。まっこい梅酒はフルーティな桃のような香りが特徴だ。南高梅は熟していくと黄色くなり、完熟し、フルーツとしてのおいしさ、香りが際立ってくる。

 収穫期ごとに香りの分析と官能評価をした結果、「メルシャンとして求めるフルーティで桃やトロピカルフルーツのような香りが最も高いものが完熟落下梅であることが分かった」(安部氏)。この完熟落下梅を使用することによって、まっこい梅酒のフルーティで濃厚な味わいを実現しているという。

 まっこい梅酒は香り高い完熟落下梅を使い、2つの製法で造った原酒を組み合わせている。

 1つは、フレッシュでフルーティーな味わいの鍵となる同社の特許技術「凍結完熟浸漬製法」だ。収穫した梅を凍結し、凍結した梅が溶解する際に細胞壁が壊れ、香りや旨み成分が多く溶け出す現象を生かした製法だ。香りや味わいを効率よく抽出でき、通常6カ月程度かかる浸漬期間を1カ月程度に短くできる。

 この製法を開発したことによって、梅農家は完熟落下梅を生果で出荷できるようになった。また、通常の生果で浸漬させる梅酒は1年に1回しか仕込めないのに対し、凍結完熟浸漬製法は約1カ月で浸漬できるため、1年中フレッシュな状態の梅酒を出荷できる。

 もう1つの製法は「豊潤たね熟製法」。梅の種だけをお酒に漬けることで、杏仁豆腐のような甘い香りと旨み成分を引き出す。梅の種の中にある「仁」は杏仁のような香り成分が多く、この製法は華やかでコクのある味わいの鍵となるという。

梅酒造りでも自社ワインの香りの研究を応用するなど、ワインづくりで培った思想や技術を応用
凍結した梅を使った特許技術「凍結完熟浸漬製法」
凍結完熟浸漬製法で使った梅の実の部分を取り除き、種だけを使って漬ける「豊潤たね熟製法」

 この2つの原酒をブレンドすることで、完熟落下梅のフレッシュでフルーティな香りと杏仁のような香りがまっこい梅酒で再現されている。

左から、(1)生果を使った梅酒、(2)凍結完熟浸漬製法で作った原酒、(3)豊潤たね熟製法で漬けた原酒。実際に試飲してみると、(1)は家庭で作る普通の梅酒の味に近い。(2)は香りが立って酸味を感じるフレッシュな味わい。(3)は杏仁豆腐のような香りがするが、かなり渋みも感じる独特な味だった
まっこい梅酒と「完熟あらごし梅酒 梅まっこい」を試飲した。完熟あらごし梅酒 梅まっこいは、浸漬後の梅の実の部分をあらごししたピューレを加えた梅酒で、少し濁りがあり、とろりと滑らかな口当たり。まっこい梅酒よりも濃い甘みを感じた

 まっこい梅酒はロックやストレートで飲むのはもちろん、炭酸やお茶で割って飲むのもオススメだ。安部氏のお勧めは「午後の紅茶」とブレンドする「まっこい梅紅茶」。「フルーティーな桃や杏仁の香りと紅茶の香りが非常にマッチ」するそうだ。

まっこい梅酒を使ったユニークなカクテル

藤沢工場でのサステナブルなものづくり

 体験会では、メルシャン藤沢工場の環境配慮の取り組みも紹介された。

メルシャン藤沢工場 工場長の大金修氏

 メルシャン藤沢工場 工場長の大金修氏は「酒づくりは農産物を使う。農産物を育む土地や気候、風土を生かして酒づくりをしている」との思いを語ったが、酒づくりに自然の力は欠かせない。そのために藤沢工場では省エネルギーや節水、二酸化炭素排出量の削減などに取り組んでいる。

 例えば工場敷地内の物流センターの屋根には太陽光発電の設備を導入。工場全体で1年間に使用する電力の3~4%、280MWhを発電している。この電力を使うことで、工場で発生する二酸化炭素を2%低減している。また、太陽光発電設備で発電した電気は構内に設置しているバッテリーに蓄電。携帯電話約4000台から5000台分の電気を蓄電しており、災害時など有事には近隣に提供するという。

 また、ワイン製品には軽量化ペットボトルを採用。軽量化することで省資源、輸送時の二酸化炭素排出量削減につなげている。

ワイン用ペットボトル。通常のボトル(左)が34gに対し、軽量化ペットボトルは29g。軽量化ペットボトルはワインボトルらしい形状を維持しつつ、強度を保つためにボトルに溝を入れている

 梅酒づくりの工程では、通常、廃棄物となる梅の種を使った原酒も製造。浸漬後の梅の実は梅まっこいのピューレに利用するので、廃棄物は豊潤たね熟製法で原酒を造った後の出がらしの種しか残らない。また、2Lと1Lの製品は開封確認が可能なキャップを採用し、シュリンクラップフィルムを廃止している。

 まっこい梅酒は完熟落下梅を使ったオリジナリティある味わいが新鮮な梅酒だが、製造過程での省エネ、二酸化炭素の排出量削減、廃棄物の少ない製造工程、持続可能な梅産業への貢献など、サステナブルを意識したもの造りも印象に残った。

瓶詰めや包装の工程を見学できた。酸化防止剤無添加ワインのラインが稼働しており、このラインは1分間に200本瓶詰めできる。写真はラベル貼り工程
重量やラベルが正しく貼られているかなどの確認はセンサーで行われているが、10分間に1回は人間の目でもチェックされるという
梅酒のライン。梅酒は決められた温度まで上げて殺菌するため、体積が大きくなって紙パッケージが膨らむ。そのため冷却して形を整える工程もある